“目指すべき会社像”がなくても20年間アシアルが成長し続ける理由
こんにちは。アシアル広報チームです。残すところあとわずかとなった2021年。皆さんにとって、どんな1年でしたか?
アシアルは、ここnoteでも二度、三度とお伝えしてきたように、フルリモート体制でも自分たちらしくパフォーマンスを上げる工夫を続けたり、2020年夏に設立したアシアルハンガリーが本格稼働したりと、様々なチャレンジを重ねながら、新しい働き方になじんできた1年でした。そんな1年を締めくくるのは、現在もハンガリーに滞在中の代表取締役社長・田中正裕です。
来年、アシアルは設立20周年を迎えます。2021年を顧みるとともに、この20年間を振り返りつつ、田中の思いは未来へ。今回はそんなお話です。冬のハンガリーの夜景とともにお届けします。
設立当時のアシアルと今
アシアルの設立当時、田中は大学生でした。設立に至ったのは、「ソフトウエア企業に憧れがあって、いろいろなアイデアもありましたし、エンジニアとして自分の技量でどこまでできるか挑戦したい」という気持ちからでした。
「こんな社会を作りたいというような熱血な思いや、具体的なゴールのイメージを持って会社を作ったわけではなかったところがあります」
それもあってか、”こうあるべき”というような理想の会社像も描いた記憶があまりないそう。ただ、「自分や、関わっている人たちが、ここでよかったなと思えるような会社であり続けたいとは思っていました」とも言います。その点においては、「一応合格点かな」。
「(設立当時は)ほかの人の人生を左右するのは申し訳ないと思って。一介の学生が社員の採用時に“あなたの人生を幸せにします”とはなかなか言えないです。
だから、一緒にやっていたのは、“もしも今、自分たちの会社というものをやってみなかったら、公務員になったり会社員になったりするよね、そうなる前に経験を積んでみたい”というような、自分と同い年かプラスマイナス1歳くらいの人たち。最初はみんな学生で、アルバイトでのスタートでした。
外部に求人を出して正社員を採用したのは、3〜4年経ってからですね。一人より複数のほうが大きなこととか面白いことができるっていうのは、最初からわかっていたんですけど、覚悟がなかったんです」
メンバーの成長と技術の進歩・進化
当時の自分を「気負いも覚悟も、あまりなかったかもしれません。責任の取り方もよくわかっていませんでした」と言う田中。ただし、設立当初から「お客様に対しての感謝と職責は強く持っていました」。
では、アシアルのメンバーに対しては?
「正社員を採用するようになってからは、仲間に対する責任感というか、彼らの人生に対するコミットメントの感覚が出てきました。でも、アシアルのメンバーって、どこに行っても絶対にうまくいくような人たちだと思っていて。アシアルが万が一ダメになったとしても、同じITの世界で生きていける。
僕は、会社に依存せず自分の脚で立てる人になる努力を惜しまないでほしいし、そのために会社は全面的にバックアップしたいと思っています」
進化のスピードが速いITの世界。ITの世界では「常時継続的な進歩が起きている」と田中。技術の進歩や新しいテクノロジーに追随し、ソフトウエアの機能は複雑に。開発者は常に学ばなければならない状態です。
一方、「破壊的な進化」が起こることも。破壊的な進化とは、「それまでとはまったく違う知識や経験が必要で、ほとんどゼロに近いところからもう一度積み上げていかなければならないような感じ。そういうタイミングが頻繁に訪れます。これに対する適応力が磨かれていないと困ることになります」。
メンバーに対して、「継続的な進歩に対応できて半分安心。破壊的な進化にキャッチアップできる力があって、やっとちゃんと安心できるんです」と言う田中は、先ほどアシアルのメンバーを「どこに行っても絶対にうまくいく」と話しました。つまりアシアルには、半分だけではなくマルッと安心できるメンバーが揃っているといえます。
組織として”こうあるべき”という強固な指針がなくとも成長を続けられてきたのは、そんな信頼できるメンバーが集まり、それぞれのやりやすさや幸せを追求してきたからかもしれません。
新しい技術とアシアル
進歩や進化には新しい技術が大きな影響を持ちます。ところで、技術の新しさってどんなことなんでしょう……?
例えば、新型コロナワクチン。ファイザー社製やモデルナ社製はmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンで、これまで使われてきた不活性化ワクチンや生ワクチンなどとは異なる新しい種類です。新しいといっても、mRNAの研究は30年以上も前から続けられ、2005年には新型コロナワクチン開発につながる革新的な研究結果が発表されていました。
「変化が連続した線の上にあるとして、1本線で続くと思っていたら、それとは別にずっと続いている補助線もあって。それがどこかのタイミングで本線から補助線に切り替わったり、補助線がはっきり見えたり。
ワクチンでいえば、mRNAが補助線。新型コロナ感染症の流行で、今まで影が薄かった補助線に光が当たった。外からは飛躍的な進化に見えても、実際はmRNAワクチンっていう補助線の進化が続いていただけという捉え方もできますよね。
アシアルとしてやらなきゃいけないことは、補助線自体を作ることではなくて、今のムーブメント、実用範囲に入ってきた補助線を見極めてうまく活かすこと。だから、アイデアの引き出しはいっぱい持っていないといけないし、それができる技術力も必要だと思います。
今のITの世界は、補助線の数がどんどん増えてきていて大変ですけど、アシアルのメンバーにはアンテナを伸ばして、複数の選択肢から、その場に適したものを選べるような人でいつづけてほしいですね」
この20年を振り返り、補助線に移って「技術的に活用できているところ、新しい芽の出たところにアプローチできているところ」はよかった点だと言います。
片や、「補助線に移りすぎているのは反省。今までの線がなくなるわけではないのに、シフトし過ぎてしまうとそれ以外の部分がおろそかになってしまうところがあります。そのあたり、次の20年は考え直したいですね」。
海外でビジネスを展開するということ
もう一つ、考えていることがあります。現在のアシアルの根幹を成しているものは、「売り上げでいうと、圧倒的に受託のビジネス」で、「その中に海外のお客様は、いないんですよね」。
「そこを解決するために海外に拠点を作りました。2012年からアメリカに拠点を置いてわかったのは、海外の企業は基本的に開発を外注することがない。あるとすれば、低コストだからか、圧倒的に専門性が必要な内容だからで、明白な理由がない限り内製するという考えが主流なんです。
日本と同じような仕事をしていて、受託企業として海外でサバイブできるような市場はないんじゃないか。アシアルが海外で生きていくためには、もしかしたら全然違う形にしないといけないんじゃないか。そこを今後考えていかなければなりません」
田中の2021年とこれからのアシアル
海外に置いた拠点の一つ、ハンガリーでほぼ1年を過ごした田中にとって、2021年は「メンバーが会社に依存せず自分の脚で立って、それぞれの尺度の中でやってくれて、うまく回っている」ことを感じられた年でした。それはこの20年の大きな変化。
「次のフォーカスを何にするか、ですね」
現在、フルリモートのアシアルでは、メンバー全員が「どこにいないといけないとか一切なくなっちゃった感じ。でも、なんかどこかで繋がっていたい。だから、うまく距離を感じないテクノロジーとかカルチャーのブレークスルーみたいなのがあれば……。そういったところが次のミッションだったりするのかな」。
“次”はまだまだありそうです。
「仕事をする上での制約はどんどんなくしていきたいですよね。場所だったり道具だったり。仕事をすることに対して、本質的ではない制約ってまだまだたくさんあると思うんです。それをなくしていく努力はしていきたいし、それがうまくメンバーの幸せにつながってくれたらいいなと。
とはいえITはキーボードとモニター、マウスがあればいいので、もともと制約が少ない業種。でも、そうではない産業も山ほどあって。そこに対して、少しでも負担が軽くなるとか制約を減らしていくお手伝いをするみたいなことは、もしかしたらIT企業としての責任なのかもしれないなと今話しながら、思いました」
PROFILE 田中正裕(たなか・まさひろ)
代表取締役
大学2年生の時にアシアル株式会社を設立、そのまま代表取締役社長として今に至る。小学生の時に滞在していたアメリカでパソコンを触ったことがきっかけで、生きている時間の大半をプログラミングして過ごす。東京大学を卒業、アシアルの事業が忙しくなったため同大学院を中退。
代表取締役社長として対外的な活動を行いつつ、各プロジェクトでは自ら最先端の技術を駆使したアーキテクチャやコーディング、マネジメントなども担当。
現在はブダペスト(ハンガリー)にて、ヨーロッパ市場に向けた子会社ASIAL HUNGARYのオペレーションをメインで行う。趣味は飛行機の操縦。ライセンスを保有し、国内外で小型機に乗って楽しんでいる。
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